どうも、心理漫画家のパラノネコ(@neko_parano)です。
今回は、主体性を持つことの意義について考察しました。
ちょっと堅苦しい内容ですが、最後までお付き合いいただければと思います。
主体性を持って生きるというのは、一体どういうことなのだろうか。 簡単に言うと、自分なりの価値観や人生哲学を意識し始めた頃の話であると考えられる。 私が主体性を意識し始めたのは、おそらく2007年頃であり、当時、明石家さんまのやっていた深夜番組にハマっていた時期である。 この頃から、なんとなく自分というものの存在に対して意識を持ち始め、自分というものは何者なのかを考え始めた時期でもあった。 これらの経験は、人間誰しも必ず通る道であると思うが、私の場合、全てにおいて遅かった。 例えば、自分の着ている服に対して意識をすることも遅かったし、恋愛においても、絶妙な人間関係を習得することも遅かった。 一時期、自分は発達障害なんじゃないかと思うくらいに深刻に悩んだ時期もあったが、最近はあまり気にしていない。 最近思うことは、自分なりの考え方や、主張、人生哲学を持たないで生きるというのは、結構人生ハードモードなのではないかということである。 結局、人間社会で生きていくということは、他人の意識とのぶつかり合いであり、その都度折り合いを付けながら絶妙な人間関係を構築していく。 この作業をそつなくこなせる人間が、いわゆるコミュ力の高い人間である。 コミュ力というのは、いわば人間関係における、人間と人間の接着剤や緩衝材のような存在であり、極力ストレスを感じずに様々な人間と共同で生きていく上では外せないスキルである。 話を元に戻すが、主体性を持って生きることができると、自分の中に普遍的な軸を持つことができる。 現代社会は、情報革命の影響もあり、とても変化の早い時代で、日々大量の情報を浴びながら私たちは生きている。 当然、大量の選択肢を渡されると、迷いが生じる。 迷いが生じるということは、意思決定のスピードが下がり、ビジネス的には非常にマイナスとなる。 現代では、スピードがモノを言う時代であるため、意思決定は極力早い方が良い。 そのためには、確固たるブレない軸を持つことが必要であり、そのためには主体性を磨いていく必要がある。 では、肝心の主体性を磨くためにはどうしたら良いのだろうか。 私が考える方法をいくつか書き記したいと思う。 まず、自分の好きなことを見つけるということである。 好きなことを見つけるというのは、思ったより難しい作業で、骨が折れる。 ここでいう好きなことの定義は、単純に軽い趣味感覚のような話ではなく、生涯をかけて自分が没頭したいモノ、つまりライフワークである。 そのためには、常日頃アンテナを張って、たくさんのモノに出会う必要がある。 これに関しては物量作戦で、質よりも量を重視すべきである。 次にやるべきことは、引き算である。どういうことかというと、興味の対象が多すぎると、何をすべきか分からなくなるという問題にぶつかる。 これを解決するために、自分が本当に好きと思えるモノを厳選するため、才能を潰すという工程を踏む。 よく自分探しという言葉があるが、逆である。 自分をなくしていく作業をするのである。 自分の才能に絶望する経験は誰しもあると思うが、前向きに捉えるならば、早いうちから見込みのない才能に対しての損切りができるため、余計な時間を使わなくて済む。 よって、限られた人生の時間を効率的に使うことができる。 才能潰しで選択肢をある程度絞ることができれば、あとは一極集中で、ひたすらに虎視眈々と一つのことに対して刃を研いでいく。 最近よく言われることとして、短所を克服するよりも、長所を伸ばすべきであるという話がある。 これは、コスパの良い生き方をする上では非常に合理的な考え方である。 なぜなら、平均的なステータスは、個性が重視される現代社会では市場価値が低いためである。 大勢の中に埋もれるものはもはや個性ではない。 なので、とにかく長所をひたすら育てて、他人よりも抜きん出る何かしらの武器を持つべきである。 最後にまとめると、主体性を持つということは、情報に溢れ、変化の早い現代社会を生きる上で強力な武器になる。 もし、言うほどまだ自分には主体性がないと考えている方は、今からでも遅くはないので、先ずは自分の好きなことを探すことから始めてみたらどうだろうか。 Written by パラノネコ1.主体性の始まり
2.生きるということ
3.主体性の作り方
4.まとめ